江戸時代に御府内と呼ばれた「江戸」にあっては、現在の渋谷区域は周辺地域でした。江戸時代には数多くの絵図(地図)が出版されていますが、江戸全体を描く「大江戸図」では周辺にあたるため、その一部が描かれているにすぎません。江戸時代も末期になると「切絵図」と呼ばれる江戸を区分した地域絵図も数多く出版されるようになり、いくつかの切絵図の中には渋谷地域が描かれています。そんな渋谷を含む切絵図の中から・・・

『東都青山絵図』

この1冊(枚):『東都青山絵図』 (原板は尾張屋板 嘉永6年1853年 復刻版:渋谷区教育委員会 1993年)

嘉永年間(1848年から)に出板された代表的な切絵図である尾張屋板は多彩色の錦絵風で、江戸の土産ものとしても珍重されました。尾張屋板では渋谷地域を含む切絵図が5種類あります。そのうちの『東都青山絵図』には現在の渋谷駅を中心とした渋谷川以東の渋谷中心部から青山方面が描かれ、青山学院になった伊予西条藩松平家の上屋敷、都電青山車庫を経て国連大学・こどもの城になった山城淀藩稲葉家の下屋敷、日赤医療センターなどになっている下総佐倉藩堀田家の下屋敷などの大名屋敷や現在に残る寺社、宮益坂・道玄坂などが描かれています。

『東都青山絵図』のイメージ

江戸絵図関係資料紹介

渋谷区教育委員会では尾張屋板のうちのもう1枚『千駄ヶ谷鮫ヶ橋 四ッ谷絵図』も復刻しています。そのほかの尾張屋板3枚は『目黒白金図』『内藤新宿千駄ヶ谷辺図』『東都麻布之図』で、渋谷の一部分を含んでいます。絵図を現代の地図と比較してみるなら『復元・江戸情報地図』、『江戸東京大地図』、『切絵図・現代図で歩く江戸東京散歩』や絵図情報を現代の地図に落としている『江戸復原図』などがあります。
そのほか、絵図は数多くの図書の中に復刻・収録されています。「渋谷区域関連絵図資料一覧」では絵図を収録している代表的な資料を紹介しています。